バーでサービスを考える

サービス創造学部 准教授の清水です。

あるホテルのバーにいた時のことです。

深紅のルビーを溶かしたような鮮やかな色をしたカクテルを前に、ある企業から相談を受けた案件について思案しているところでした。既に、時間は深夜にかかる頃合であり、また、日曜だったので、客はまばらで、宿泊客らしい夫婦連れが、緩慢な会話を続けるだけです。

真っ白なディナージャケットを粋に着こなした初老のバーテンダーが、

- よろしかったら、おひとつどうぞ。 -

見れば、小さなチョコレートです。
バレンタインデーに、お嬢さんからもらったチョコレートを大事にとっておいて、こうやって、気が向いた時にお客様に奉仕するのだそうです。

- ありがとうございます。 -

甘く整った矩形は、深紅のカクテルとよく似合い、疲労を包み込みながら身体の奥底へと溶け込んでいきました。カクテルグラスは、薄っすら氷をまとわりつかせたまま、大時代なシャンデリアの灯りが曳く淡い楕円に寄り添うように、静かに佇んでいます。

・・・そういえば、以前、銀座でも指折りの名バーテンダーに伺ったことがあります。

 - バーは、お酒を売っている場所ではありません。お時間をお売りしているのです。お客様に存分に寛いでもらって、明日へ向かって英気を養っていただきたいのです・・・。 -

- なるほど。 -

人生は艱難辛苦、時としてその重みに耐え切れなくなることがあるのかもしれません。しかしまた、仮構の鬻ぐ繁華な夜にもささやかな癒しがあって、茫洋たる生活を彩りあるものにしてくれるサービスがあるものです。それはほんの一瞬の閃きに過ぎないものかもしれませんが、人々は夢とも現ともつかない灯火に安堵を見出だし、あくせく働き、また家路につくものなのでしょう・・・。
ここにもまた、サービスの本質を考えさせるなにかがあるような気がします。

サービス創造を目指す教員の一人として、その片鱗を少しだけ垣間見たような一日でした。